『柊の家』の風景






晩春の狭山湖

 湖は三方をこんもりとした水源林に囲まれていた。それらの雑木林は、ところどころで黄緑色の新芽に彩られたり、ほぼ散りかけた桜の、まだ辛うじて残っている花弁によって赤く輝いたりしながら、しかも全体的には、春特有とも言い得るあの紫色の透明なヴェールをかけられたような、雅びやかな雰囲気を漂わせていた。そのちょうど真ん中、天空の薄い雲を映し、滑らかな陽の光を受けながら、茫洋とした湖水が銀の皿のように横たわっている。………(第二章)







良一が入院した病院へ続く道

 やがて道路は急カーブを描きながら、武蔵野の面影を色濃く残す、雑木林のなかへと入っていった。道路の左右から、濃緑色の葉を繁らせた枝が次々と覆いかぶさり、それが間断なく続いていく。………(第十一章)







春浅き軽井沢


 私は榊原を、先生の山荘からほど近い、落葉松林のなかに呼び出した。雪解けの水が、ひたひたと音をたてて、傍らの小川の川底を浚っていた。私は、絹代の榊原に対する愛情を疑いはしなかったが、いっぽうで榊原が絹代と情を通じたのは、じつは助教授試験で破れたことの、私への仕返しではないかとひそかに疑っていたのだ。………(第十七章)